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プロフィール

事務所開設の理由?
・農業がいやで、九州の片田舎から逃げるように東京に上京し、新聞配達をしながら大学に通い、旧司法試験を受験するも数回の論文試験も周りの期待に応えられませんでした。いつしか、外資系の医療機器のベンチャー企業のサラリーマンになりました。人事で採用され、総務、経理、財務、企画、営業、工場長、薬事などを15、6年にわたり経験し、アメリカに子会社をつくるため社長が渡米すると同時に、日本国内の社長代行をやるようになりました。

 ・その後、米国の大株主と日本人の経営者との内紛で、会社は崩壊し破綻の方向に向かって行きました。新たな日本の株主、役員で再建することになり、その時に社長として抜擢され経営者の端くれとして社員の皆様と再建に向かって邁進しました。

 ・ しかし、再建の資金的基礎であった大株主の会社経営が思わしくなく手を引きたいとのことで新たなスポンサーを探すことになりました。新たなスポンサー企業と出会いましたが、あらたなスポンサー企業の意向で、過去の債務を一掃するため民事再生を申し立て、民事再生手続の経験もしました。多くの優秀な社員に涙ながらに辞めていただいたことは悲し出来事でした。

 ・新たなスポンサー企業(親会社)のもとで再建することになり、また、同時に親会社の別な子会社の医療機器販売会社の経営もやることになり順調な数年が経ちました。売上3.5千万円、赤字7千万円の売り上げの子会社を、売り上げ約7億円利益8千万円まで約3年で実現したのです。ところが、今度は、親会社が経営者の放漫経営でおかしくなり始めました。親会社の再建を親会社の役員間で話し合われましたが、結局、オーナー経営者の一存で、私が、親会社の社長として再建に乗り出すことになってしまいました。約65億円の負債額を銀行の協力を得て再建案を作り自主再建の道を歩むことになりました。ところが、自主再建に向かった途端に、私が、経営に携わる以前に強引にやめさせてしまった数十人の社員の皆様の不当解雇などによる労働債権未払請求が数億円にのぼることが判明しました。結局自主再建も不可能となり、オーナー経営者の責任の下でで破産手続きを行いました。ここで、私がかかわっていた関連会社は全て一連事件として破産処理することになってしまいました。ここで破産手続も経験することになったのです。本当に悔しい思いをしました。当然、これにまつわる私生活も大きく影響を受け色々な問題がおきその都度解決方法を模索し何とか乗り越えて参りました(詳細は、長くなりますのでの除きますが)。

 ・書き尽くせませんが、中小企業の経営者が日々考えている資金繰り、銀行交渉など、又は最悪の場合の自主再建の方法、民事再生手続き、破産手続きなどは一通り経験してしまいました(その辺りの弁護士の先生より詳しいかもしれませんね。).
また、この様な最悪の事態に陥った場合の経営者個人としての生活上経験するであろうことは、おおよそ経験しています。(旧)司法試験に没頭した法律の知識とこれらの経験を皆さまの日々の問題解決に役立てることができ、皆さまとともに良い人生が歩ければと願い、小さな、小さな狭い事務所を開設したのです。一度ぜひ相談してみてください。決して無駄にはならないと自負しています。

 

出身 大分県中津市(福沢諭吉生誕の地、このところ鳥の唐揚げで有名)
学歴 日本大学法学部法律学科卒業
職務経験 数回の旧司法試験の論文試験の山を越えられず、外資系医療機器メーカーのベンチャー企業に人事で採用される。その後、総務、経理・財務、営業、企画(マーケティング)、工場長、薬事等経験し、数社の代表取締役として経営に携わる。企業再生、民事再生手続、破産手続を経験する。常に「人のこと」と「資金繰りで苦しんだ」日々が忘れられない・・・・
資格1 特定行政書士  ・入国管理局申請取次行政書士 ・ファイナンシャルプランナー(個人資産相談業務)
資格2 医療機器総括製造販売責任者・医療機器製造責任技術者・医療機器修理業責任技術者
資格3 一般社団法人日本戦略財務協会会員(資金繰りコンサルタント)
目標1 私のつたない経験が中小企業の経営者皆さまの役に立つ『中小企業法務専門 企業法務行政書士』で有り続けること。
目標2 ・生涯現役
・時間とお金から自由である人生
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